DIVE DEEPER BLOG

2009年10月03日

あなたの名を呼ばれる神-信仰短言

信仰短言

あなたの名を呼ばれる神

「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。」(イザヤ43・1)

 人間は自分の好みにまかせていろいろな神をつくる。厳密には人の数ほど神々があるかも知れない。事実日本人は山の神、海の神、商売繁盛の神等八百万の神々を信じている人々も多い。
 しかし、聖書は天地創造の神は唯一であり、それ以外の神々は偶像であると明言している。この世界はすべてを造られた創造者とその方によって造られた被造物とに大きく分けられる。神は聖なる方であるから、造られた被造物をもって現すことはできない。もし物質で神を現そうとしてもそれはもはや偶像である。真の神は人を造りあなたを母の胎内で創造された方で限りなき愛をもってあなたを愛しておられる。だからあなたの名を呼んで励ましておられる。何と感謝なことか。

主任牧師:国吉 守

那覇バプテスト教会 TEL:098-944-5331

〒903-0016
沖縄県中頭郡西原町字幸地1029番地の1

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2009年09月29日

民数記27章3−11節が示唆するもの

首相官邸送付メールコピー/民数記27章3−11節が示唆するもの (池城安敏) 2009-09-18 04:56:53 民数記27章3節から11節 「私たちの父は荒野で死にました。彼はコラの仲間と一つになって主に逆らった仲間には加わっていませんでしたが、自分の罪によって死にました。彼には男の子がなかったのです。 男の子がなかったからといって、なぜ私たちの父の名がその氏族の間から削られるのでしょうか。私たちにも、父の兄弟たちの間で所有地を与えてください。」 そこでモーセは、彼女たちの訴えを、主の前に出した。 すると主はモーセに告げて仰せられた。 「ツェロフハデの娘たちの言い分は正しい。あなたは必ず彼女たちに、その父の兄弟たちの間で、相続の所有地を与えなければならない。彼女たちにその父の相続地を渡せ。 あなたはイスラエル人に告げて言わなければならない。人が死に、その人に男の子がないときは、あなたがたはその相続地を娘に渡しなさい。もし娘もないときには、その相続地を彼の兄弟たちに与えなさい。もし兄弟たちもいないときには、その相続地を彼の父の兄弟たちに与えなさい。 もしその父に兄弟がないときには、その相続地を彼の氏族の中で、彼に一番近い血縁の者に与え、それを受け継がせなさい。これを、主がモーセに命じられたとおり、イスラエル人のための定まったおきてとしなさい。」 一国の王位の継承が、例えばイギリスのように女性に継承されて王の代わりに女王が誕生する根拠は、こういったところにあると思う。日本では皇位の継承を長子優先ではなく、「血族の男子優先」の立場を採っているが、上記の聖書箇所が示しているのは無制限の血族男子優先ではなく、相続を優先すべき男子のいない家の相続権を女子に与えよという神のご命令である。なお、上記の聖書箇所では「相続地」の継承が議論の対象になっているが、上記の聖書箇所に記述されている内容を原則的にとらえるなら、「相続地」の代わりに「王位」や「皇位」なども議論の対象になりうる。聖書は、長子の家系が「族長」や「王」の地位を継ぐのを原則的に支持しているので、その聖書的な原則に則って皇室典範を整えるのが最も安定的な皇位継承のあり方であると私には思われる。 池城安敏 Yasutoshi Ikeshiro
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2008年09月20日

宮古バプテスト教会アウトリーチレポート

宮古島へ足を踏み入れるのは、私にとって初めての経験。もちろん、宮古の教会も初めてである。
私は沖縄で生まれ育っているので、宮古島と宮古の教会に今になって初めて行ったということそのものについては、
心の中では、何か大変申し訳ない忸怩たる思いがある。だが、今まで宮古に行けなかったというのは、私自身の怠慢というよりも、
むしろ、主が、今回訪問するまで、宮古に行こうという思いを私の心に起こさず、行ける環境も与えて下さらなかったからなのだと理解したい。
今回私が宮古に行くことができたのは、明らかに、主のタイミング、「ゴーサイン」によるのである。
宮古教会の兄弟姉妹とお交わり持ち、暖かいおもてなしを受け、教会の奉仕の一部に加えていただいたとき、
兄弟姉妹方と私の内に住まわれるイエス様が御霊の御働きとともに、私の中にこれから先の日々を歩む力を新たに加え、
ギアをハイに入れて下さったような感覚を覚えた。宮古教会の兄弟姉妹方とともに過ごしたひと時は、これからの私の歩みに
強烈な新たなインパクトを与えた。なぜ、主が、今のこのタイミングで宮古教会を訪問することを私に許可したのか、という答えは、
宮古教会の兄弟姉妹方の交わりの中にある。主がその交わりの中におられるからである。

宮古教会に神様の大いなる御祝福がありますように。イエス・キリストの御名によって。アーメン。
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2008年07月20日

雅歌

http://yasutoshiikeshiro.seesaa.net/
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雅歌

http://gaka.seesaa.net/
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2007年09月03日

雅歌2:3〜6



私の愛する方が若者たちの間におられるのは、

林の中のりんごの木のようです。

私はその陰にすわりたいと切に望みました。

その実は私の口に甘いのです。

あの方は私を酒宴の席に伴われました。

私の上に翻るあの方の旗じるしは愛でした。

干しぶどうの菓子で私を力づけ、

りんごで私をげんきづけてください。

私は愛に病んでいるのです。

ああ、あの方の左の腕が

私の頭の下にあり、

右の手が私を抱いてくださるとよいのに。


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雅歌2:1〜2

雅歌2:1〜2



私はシャロンのサフラン、

谷のゆりの花。

わが愛する者が娘たちの間にいるのは、

いばらの中のゆりの花のようだ。


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雅歌1:16、17

雅歌1:16、17

私の愛する方。

あなたはなんと美しく慕わしい方でしょう。

私たちの長いすは青々としています。

私たちの家の梁は杉の木、

そのたるきは糸杉です。

*たるき:天井板


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雅歌2:1〜2

雅歌2:1〜2

私はシャロンのサフラン、

谷のゆりの花。

わが愛する者が娘たちの間にいるのは、

いばらの中のゆりの花のようだ。





タグ:雅歌
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雅歌1:12〜14





雅歌1:12〜14


王がうたげの座に着いておられる間、

私のナルドはかおりを放ちました。

私の愛する方は、私にとっては、

この乳房の間に宿る没薬の袋のようです。

私の愛する方は、私にとっては、

エン・ゲディのぶどう畑にある

ヘンナ樹の花ぶさのようです。


ああ、わが愛する者。

あなたはなんと美しいことよ。

なんと美しいことよ。

あなたの目は鳩のようだ。




タグ:雅歌
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